しばらくは何事もなく食パンを焼いていたのですが、材料の配分も焼き方も変えていないのにも関わらず、問題が発生してしまいました。焼くたびに少しずつ食パンの膨らみが大きくなってきたのです。

焼き上げた食パンは、いつもスライス機能付きパンケースを使って切っています。このケースには、パン切ナイフをガイドするスリット付きのアーチがついているのですが、食パンが大きくなりすぎてアーチの中に入らなくなってしまったのです。これでは食パンを切ることができません。

問題は大きさだけではありませんでした。焼きあがった食パン生地のキメが荒く(生地の中にある気泡のような空間が大きく)なっているのです。大きいものでは直径5mm程もあります。目指すアンデルセンの長時間発酵食パンのようなキメ細かい生地と正反対のほうへ進化しているのです。

現象から考えれば対処方法は単純です。膨らみを抑えればいいのですからドライイーストの投入量を減らすだけです。しかし、ホームベーカリーのマニュアルには、ドライイーストのさじ加減について何も書かれていません。何度も書いているように、ホームベーカリーのマニュアルには使用材料の投入量がかなり細かく記載されています。ドライイーストについては、ホームベーカリー添付のドライイースト専用の小さな計量スプーンを使って、通常の食パンは目盛1(最大)まで、パンドミ(長時間発酵)の場合は目盛1/2を入れるとなっています。当然、その小さな計量スプーンの目盛1/2にきっちり合わせてドライイーストを計量して投入しています。

それなのに、ドライイーストという少量の投入物の量をマニュアルに背いて変更して良いものかと、頭の中は疑心暗鬼が渦を巻いている状態です。 そこで、まずは、目盛1/2の量の10%程度を減らして長時間発酵食パンを焼くことにしました。結果はというと、少し小さくなりましたが、 パンケースの スリット付きの のアーチにかろうじて押し込める程度の効果しかありませんでした。

こうなると、徐々にドライイーストの量を減らしながら、ドライイーストの適量を見つけるしかありません。10%程度ドライイーストの量を減らしては焼くということを繰り返し、結局本来の投入量(1/2)の半分強、計量スプーンの目盛1/3まで減らすことにより、もともとのほどよく焼き上げられていた食パンの大きさになったのです。

結果としてこれでよかったので、マニュアルのレシピとは異なるけれどあまり深く考えず、この本来の半分のドライイーストの投入量で良しとすることにしました。これでめでたく問題は解決となり、しばらくは機嫌よく元のルーチンワークに戻って、4日に1度、食パンを焼いていました。

ところがです。それから3か月ほど経ったある日、焼きあがったパンをホームベーカリーから取り出すべく蓋を開けると、そこには膨らみきらなかった上半分がナンのように平たくつぶれたパンがあったのです。

「いつも必ずスケールの目盛は確認して入れているから、材料の投入量は間違いないはず」と思いつつも、投入量を入れ間違えたに違いないとしか思えない出来栄えでした。

そこで、次に焼くときは何回も投入量を確認し、さらになんとなくドライイーストを増やしたい衝動に駆られてドライイーストの量を10%程度増やして焼いてみました。その結果は、パンの形に膨らんではいたもののの、非常に小さい食パンが焼きあがっていたのです。やはり、材料の投入量の間違いでないことがわかりました。

そして、ようやくドライイーストに温度特性があるのではないかということに気が付いたのです。その特性とは、「ドライイーストは暑い時は働きが弱く、寒い時に働きが強くなる」というものです。この解釈が正しいか否かは別にして、とりあえずこのように解釈すればこれまでの事実に合致します。

ホームベーカリーで、試行錯誤の後、安定した質の食パンが焼きあげられるようになったころは、ちょうど夏の終わりの9月頃でした。まだ、室温は30℃越え、エアコンをつけても26~28℃といったところでしょうか。このころはレシピ通りの投入量で問題なかったのです。

ところが、それから3カ月経って冬になってきました。東京のマンションですから、室温は寒いといっても17℃、エアコンをつけて22℃といったところですが、夏に比べて10℃ぐらいの室温差があります。

振り返って考えると確かに急にパンの膨らみが大きくなって来たのは12月後半ぐらいからです。そして、膨らみが小さくなってきたのは5月の初夏の陽気に包まれた頃だったのです。

ここまで考えが回ると、そういえばということで、定年後パン屋を始められた方のドキュメンタリーのテレビ放送を思い出しました。そこでは、「焼く前夜、パンにイースト菌を混ぜて練り冷蔵庫で一晩寝かせる」と言っていたのです。その放送を見たときは、冷やしてイースト菌の活動を抑えじっくり発酵させることでパンがおいしくなるのだと理解していました。

温度の高いほうがより発酵するという一般論?にとらわれていたようです。イースト菌の活動を活発にさせるために冷やしていたのかと、この時初めて理解したのです。

でも、本当にそうなのでしょうか? 確かに暑いと食パンの膨らみが小さく、寒いと食パンの膨らみが大きくなるということは、目の前に起こった事実であり、これを疑うことはできません。でも、温度が低いと発酵が活発になるということにはどうも納得がいきません。

そこで、いろいろ調べてみました。やはり、イースト菌は暑いと活発になり、寒いと低下するものであることがわかってきました。そうです、もともとの私の想定通りだったのです。

でも、しかしです、事実はその逆、パンは寒い時に膨らみが大きく、暑い時に膨らみが小さいのです。これは一体どういうこと? と私の頭は混乱の極みに落ちいりました。

そんな混乱の中さらに調べていくと、ようやく、イースト菌の過発酵が原因ではないかということに行き着きました。過発酵になると、パンの構造を支えるグルテンがその膨らみに耐えきれず、逆に膨らまなくなるらしいのです。

ホームベーカリーのマニュアルには、「気温が25℃以上の場合は5℃の冷水を使うように」との指示があります。どうもこれが過発酵対策のようです。私の場合は、水を使わず水分はすべて牛乳にしています。そのため、1年を通じて冷蔵庫の温度と同じ5℃ぐらいの水分(牛乳)を入れていることになります。なので、マニュアル的には、夏にはちょうどよい温度ですが、冬は冷たすぎるということになります。

そして、最終的に私の出した結論は以下のようなものになりました。

夏はマニュアル通り焼いて(冷水を使う)マニュアル通りできるが、そこにはまだイースト菌の過発酵の部分が残っている。その過発酵部分が冬になるとなくなり、パンにとって最適な発酵具合になる。

この解釈が本当に正しいのかはいまだにわかりませんが、今はこの解釈で満足しています。そして付け加えるとすれば、冬のほうがパンの味が良いのです。イースト菌は発酵のために小麦の糖分を消費するため、パン本来の甘みをなくす方向に働きます。また、発酵によりアルコールを作り出すためアルコール臭なども出します。過発酵がなくなると、これらのパンの味を落とす要因がなくなるためだそうです。

どうも、このあたりがパンの味を決める本質的なことのようですが、パン職人になることを目指しているわけではないので、この件の探求はこのあたりでとどめたいと思います。しかし、これからも、4日に一度パンを焼き続けると思いますので、折に触れてこのあたりの原理を追求して新たな味を探し出してみたいと思います。